<石井先生の独り言>
この部分はブログ風に独り言を速報気味に書いていこうかと
思います。(一部石井のfacebookとかぶる内容があります。)
石井誠一

2017年4月18日
やっとすこしおちついてきました。
港北高校では12年間お世話になりました。1812年では多くのOBに参加いただきありがとうございました。
片づけがバタバタしていて挨拶もできずにすみませんでした。花束などいただいた方にもこの場でお礼致し
ます。
しばらくホームページの更新は石井が続けていきます。
教員生活38年で、港北高校12年間でできたことやできなかったこともさまざまあります。石井の教えた生徒
の中にもいろいろの思いのある方もいるでしょう。石井が至らなかった部分は申し訳ありません。
震災や自分のクラスの生徒を亡くしたことなど、やはりできる時にできることをやらないといけない。またできる
ことを感謝しなくてはいけないと、この2〜3年少し生き方が変わってきたように思います。
残りの人生をどう生きるかよく考えて生活していきたいと思います。

2015年12月28日
第九を聞いていて、なんとかもっと人類皆が友達になれないのかなあと本当に思いました。
なかなか難しいですけれども・・・
今年もいろいろありました。なかなか多様な生徒が増えていることも言えますし、でもどこかで
少子化のおかげ(せい)なのでしょうか、かまわれすぎてる(関心もたれすぎてる)高校生とか
が増えているようで、またその裏返しでもあるのですが、金をむしりとられているというか、時代
や社会に翻弄されているようにも思います。
情報が過多で、それを判断できる知識が不十分な高校生が、もっともらしい社会(実は本質は
金もうけじゃないかな)の波の中で、自分自身を持ちきれないで利用されてしまっているという
んですかね。そういう風に感じます。
また、経験をもつ世代の教員がどんどん入れ替わって非常に教育があぶない。そうとも感じ
ます。残りの時間をどうすごしていけば良いでしょうか。難しいところです。

2014年12月31日(その2)
今年の定期演奏会はプラハのための音楽1968を演奏します。生徒にはずっと前から予告しているので、彼ら
も覚悟して練習しています。最初から最後まで楽しくない救われないような曲です。最初のプラハの人々を象徴
しているという「鳥の歌」も全然楽しそうではないし、最後の「フス教徒の旋律」も勝利には終わりません。私は
20年振りなんですが、なにか自分自身の変化もあるのでしょうか、やはりとても新鮮に辛辣に厳しく聞こえます。
音楽というものも芸術なんで、最後のところは自分自身の経験とか体験とかそういうものがでてくる。
高校生には本当につらく悲しい経験は少ないかもしれないけれども、そういう経験とか表現とかを問われている
ような、「ただのカッコ良い曲ではない何か」がプラハのための音楽にはあると思います。
前回演奏したのは1995年ですが、その後も世界に戦火は絶えることはありませんでした。これからも戦火が簡
単になくなるとも思えず、いや世界中があやしい時代になってきています。ほんの少しでも良いから、多くの皆さ
んが平和や戦争について知識をもって考えていくそういうきっかけを作れればと思っております。

2014年12月31日(その1)
今年の大豆戸小学校との共演はなかなか印象的でした。もちろん演奏上の問題点はあるのですが、そういう
ことをどうとか言うことよりも、この瞬間に小学生と高校生と聴衆がこの場にいることそのものがとてもすばらし
い。私を含めて高校生も小学生も準備には手間がかかっている。で、この瞬間に一生懸命演奏する。そういう
経験は、なかなかやろうと思ってもできないことなんですね。そういうことはできなくならないとわからないことな
んでしかたがないのですが、まあそういう機会を大人が作ってあげること、そしてそういう子供たちをはげまして
あげることが本当に大切だと思います。

2014年9月7日
第40回はみなとみらいを確保しました。オルガン奏者とのアポもとりました。新作の委嘱もしました。引くには
引けない状況になりました。まあずいぶん先の話ですけれども・・・。なんとか今年の行事を全部こなして40回
にたえられる技術力をめざしていかないといけませんね。

2014年8月4日(合宿中、部員向けのメールから)
昨晩(トレーナーの)大野Tと話をしました。私と彼は20才くらい年齢離れていて、彼も皆さんも20才近く離れて
いる。大野Tも非常勤で(他校とかで)授業やったり、いろいろな中学や高校でレッスンやっていて、やはり自分
の高校生活の部活の記憶は鮮明にある(もちろん20年前に石井と一緒にやっていた)。
で、港北がいまでもキープしているある面今では貴重になりつつある、活発さ、前向きさ、仲間へのおもいやり
みたいなものを、(自分の記憶とも比べて)とても古いけど逆に新しい大切な貴重なもの、みたいに思うというよ
うな話をしました。

で私もホントにそう思いますし、そういうことが楽器が上手くなることよりも重要に思っています。生きていく為に
乗り越える壁みたいなものに対応する力は何なのか、もちろん音楽を大切にしながらもそんなことを考えていき
たいです。

私はクラスで進路の話とかの延長で

(たとえが極端なんだけれども)絶対にこの人と何があっても結婚する、とか思ったら、親が反対でも、なんとして
も説得したり、最後はカケオチしたって自分のやりたいことを最後はやる。逆に言えばそれだけ自分で自分の行
動に責任を持っていきる、そういう自分の行動に対する責任を高校3年あたりにはきちんと考えられるはず。(進
路でも何でも)他人から言われて最終決定しないできちんと自分で判断して自分の責任で決める。決めたことは
他人のせいにしない。そういうことが進路きめたり生き方決めたりするとても重要なこと言っています。
皆さん部活の中でいろいろな場でそういう責任や判断や行動力を身につけていきましょう。

2014年8月1日
長い期間コンクールをみています。まあ、過去の審査員が少なかったころはそれはそれで審査に疑問があると
きもありました。人数がすくないと個人の意見が反映されてしまうことがあったからだと思います。それで、最近
人数が増えてきて、まあそういう意味では「疑問」はすくなくなったんですが、どうも「最大公約数」的に評価されて
いるように思うんですね。
また、各楽器の審査員が増えたことで、その(自分の専門の)楽器の技術を中心に審査しているではないか?
トータルな音楽作りとか、人数や技術が足りないところをどう工夫してやっているかとか、そういう面の評価が足
りない感じのなっていることが最近残念に思います。

2014年6月19日
映画作家川瀬直美さんのエッセイから(一部文言が変えてあります。)

必要最低限のカタチを創ることが大前提だが、その大前提の為だけにカタチを創られていくものには魂を入れる
スキマがなくなる。魂という目に見えないものの有り様は、目に見えないからこそ一番大切。目に見えない何かを
想ったり信じたりしながらそれらと呼応するとき、カタチに息が吹き込まれる。

時間がない、予算がない、モノがない、などないものに嘆いて自分の心を磨かずに、映し出されてくるものに歓喜
できないことは寂しいことだ。

月の満ち欠けで日にちを把握する。明けてくる陽の光を受けて朝を迎えられたことに感謝する。月のカタチを確認
しながら一日の無事を感謝する。汗をかけば海に入り、夜には満天の星を見て宇宙とつながってる安心感、世界
とつながっている充足感、それらの営みを通した感覚を映画という物語に昇華していく。
(MOKU10月号より)

2014年4月3日
今年の定演はひとつランクがあがった感触の良い演奏会となったと思います。卒業生達もソロなどでがんばってくれ
ました。ウィークデーにもかかわらず、バンダもなんとか集まって演奏会を盛り上げてくれました。
OBも含めて高校生活が楽しく充実した時間であることが、学校で指導するものの最大の課題と思います。
その中で演奏技術もあげていくということとの両立が難しいのですが、目指していきたい活動です。

2014年3月27日
3年ぶりに卒業生を出しました。最後の卒業生かもしれません。港北の生徒はごく普通の高校生なんですが、不思議
なものをもっていて、うまくはまるとすごく大きな力を仲間と出すことができます。クラスの文化祭とか部活動とかでもそ
うです。
表面的な学校の成績など学校関係でしか評価されるものではありません。そんなことよりも、なにかにがんばったこと、
仲間といろいろなことを考えて乗り越えたこと、自分の頑張りで自分の力を知り、他人のために行動できること そうい
うことが本当の人間としての力かと思います。

2014年1月6日
「箱根駅伝 青春群像」(講談社)への朝日新聞の書評より
箱根駅伝は「総合力」「組織力」を競うスポーツであると同時に「日本人の精神」を凝縮した「総合芸術」なのだ。
それ(箱根駅伝)は「失われた20年」で失ったものが、GDPだけではなったことを示していると思えてならない。

(以下石井)少子化か進み、大学の価値が下がり学歴で仕事に就ける時代ではなくなってきました。
この時代に何を高校や大学で身につけるのか?かならずしも表面的な学力が大切ではないように思います。
(もちろんある程度の学力も必要だけれども・・)

2013年12月14日
大豆戸小の4年生と新しくコラボ企画をしました。元気な小学生にたのしく演奏できました。

2013年12月8日
ソレイユウィンドと合同練習をしました。「トスカファンタジー」は通常の吹奏楽とはかなり違う傾向なので、ソレイユ
の皆さんもとまどったかもしれません。もうすこし精度があがって、ダイナミックな表現が追求できてくれば、曲の持つ
大きなちからがひきだせてきそうな予感がしました。

2013年10月29日
ウィンターコンサートまだまだ大変なんですが、少しずつ形になってきました。「ヒロイックサーガ」20年前くらいに
流行っていた名曲なんですが、曲の内容は今演奏してもすばらしく生徒にも「受け」が良いです。名曲の名曲たる
理由があるかと思います。しかしながら、本当に大変でまだまだ課題があります。「トスカ」は生徒に「受けて」いる
のかどうかはよくわかりませんが、メトロノームで練習ができるような曲ではないので、新鮮味はあります。まあ
石井の世界で独自にやっている路線なので、通常の吹奏楽とは一線を画していることは間違いありません。
今年のウィンターの前半はかなり個性的なプログラムだと思います。

心に重いものを抱えている高校生がすこしずつ増えているように感じてきました。大人の世界の閉塞感が子供
の心に影響しているのかもしれません。数字や目に見えるもので評価して査定して判別していくような世の中に
子供が悲鳴をあげているのかもしれません。学校という場がそういう生徒に細かい対応ができているのかどうか
まだまだ課題があるかもしれません。部活動がそういうひとつの対応になればうれしいです。

2013年8月7日

コンクールはなかなか大変なのですが、今年は何か方向性が見えてきたように思います。
ひとりひとりの技術を向上させながら、全体も向上させていくような方向が港北に向いて
いるのではないかと思います。

今年の合宿は先取りして、ウィンターコンサートや定期演奏会の曲も少しとりあげてみました。
生徒はすこしとまっどっていましたが、やっているうちに楽しくなってきたようです。
どういう曲をどうやってとりあげていくのかなかなか選曲は大事ですね。

8月7日の朝日新聞、 松井秀喜の文から
「まだ、高校生は子供。指導者がどういう方向に導いてあげるかが、大切だと思う。頭と心を
鍛えるのも、学生野球では重要なこと」
本当にそうですよね。

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